自立するという事
私は去年の夏から合唱のサークルに参加していて、コミュニティセンターで毎週日曜日に練習をしている。
私は学生の頃3年ほど学校の合唱部に属していたくらいで、そこから去年の夏までは、自ら歌うということにあまり携わらずにきた。
年に発作的に、何度か歌いたい、カラオケとはちょっとちがうと思う時があった。
そんなことをずっと考えていて、ふとまた合唱がやりたくなったときに、たまたまインターネットに向けて情報を発信しているサークルを近所に見つけ、参加したのがきっかけであった。
そのサークルは、“自立した合唱人を育てる”を目標としていて、学校で音楽の先生をしている人や、趣味として長く合唱にかかわってきている人が多数いる。
私なんてほんの素人なわけで、てんで皆様に追いつけない。
サークルの大半は、譜面を渡されたらその場で音が取れる人ばかり。
私は譜面を渡されても、ピアノで音を出してもらわないと音が取れない。
秋にはアンサンブル(各パート一人づつの重唱)の発表会があるといえば、皆様めいめいに自分の歌いたい曲を持ってくる。
私は何をうたっていいのかわからない状態である。
正直、冷たいなぁと思った。
歌いたい歌がホイホイすぐ出てこないから、とりあえず皆でいっしょに歌えるサークルに入ったのである。
なのに自分の歌いたい歌を準備して、各自パートナ決めて歌えという。
うまい人はうまい人同士でさっさと組んでしまって、私はぽつんと取り残される。
私は皆様と違って素人なんです!と居直りたいところだ。しかしちょっと待った、と思う。
私の参加しているサークルは、“自立した合唱人を育てる”を目標としているのだ。
んじゃぁ、自立してるってどういうことかと考えてみることにする。
歌というのは、自分自身の体が楽器である。
なので、自分の声色を自由に操れなくてはならない。
しかし、たとえば出だしの音がドだったとして、楽譜を見てドだと分かっても、訓練していないとポンとその音はなかなか出ない。
自信が無いと、ポンと出した音が間違っていると恥ずかしいので、どうしても音の出だしが弱く遅くなる。
皆が自信が無いと、皆で出だしが遅くなり、だんだん曲全体がモアンモアンとした、なんとなくもたついた感じになる。
そうすると先生にそこを指摘される。
先生は言う。
「多少音が外れてもいいから、出だしをキチっと出しなさい。
自信が無いと音が遅くなり低くなる。
皆さんもっと自信をもって、出だしをハッキリ出しなさい。」
練習して、自分が出す音に自信がついてくると、皆出だしがハッキリしてくる。
少なくとも歌い手として自立しているというのは、人の音を聞かなければ声を出せない状態から卒業して、自信を持って歌えるようになる事だと思う。
自分で自信を持って声をだすのと同じように、自分が何を歌いたいのかをちゃんと理解するのがきっと、自立した合唱人なんだろうなぁと思う。
素人だから、と投げてちゃいけないんだろうなと思う。
周りは、冷たくしてるんじゃなくて、ちゃんと自立するのを舞ってくれているのかもしれない。
今はまだ追いついてないけど、そのうち自然に自分の歌いたい歌が選べるようになっているといいと思う。
ところで。
自立するというのは、自信を持って自分の考えを出せること、なのかも知れないと思う。
学校に行って教えてもらったことを、ただそのままやってるだけの作業なら、そのうち皆コンピュータやロボットに取って代わられてしまうだろう。
人の言うことをそのまま繰り返して満足していてはダメなんだろう。
そのような未来にどんどん近づいていく私たちは、きっとますます自立していかなければならないのだろうなぁと思う。
年をとっても若者にバカにされないように、自立した元気な婆ちゃんになるのが、私の夢である。
今のうちにがんばって自分を磨いて、自立していきたいと思う。
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